福島で過ごした日曜日

In マップ, 主要記事, 測定, 移動測定報告, 論説 by sean

「セーフキャスティング」と私達が呼ぶ走行測定が正式に始まったのは、私が前回日本を訪れた後でした。このため、どんどん増え続けるボランティアの皆さんとピーター(彼らは真のヒーローです)が、何度も時間をかけて福島原発周辺や日本各地の放射線レベルを計り、地図にしていく作業を、私は遠くから見ていました。私自身 Safecast のミーティングと放射線セミナーのために東京に戻るということ、また、同時期に Miles O’BrienXeni JardinPBS News Hour の Safecasat に焦点を当てたストーリーに取り組むことも知っていたため、来日中に走行測定を行うことは当然だと思っていました。

Me, @xenijardin & @noktonlux heading to Fukushima. #safecast

今朝、ピーター、Xeni と私(上写真)は、Miles、父と息子のスーパーチームである Joe Moross、Bryan Moross と一緒に出発しました。今回の旅の目的は、ボランティアの方達にガイガーカウンターを届けること、まだ放射線レベルを測定していない新しい場所、できれば警戒区域の近くをカバーすることでした。しかし結果的にこれより盛りだくさんの旅となりました。

Miles O'Brien

( Miles と Xeni は PBS 用にずっと撮影をしていました。もちろんこの映像は、後日視聴が可能になると思いますので、この報告は基本的に私の個人的な意見です。写真も特に記載のないものは、すべて私が撮影したものです。)

この日は、朝 7 時半頃に新宿でレンタカーを借りるところから始まりました。今回は人数も多く、機器もたくさん持っていたので、普段使用している Safecast の車だけでは狭すぎるため、レンタカーを 1 台借りて合計 2 台での旅となりました。私達は早速北に向かって走り出しました。東京のどこにいるかによって、バックグラウンド(背景)の放射線レベル(ここでは空中の放射線レベルの意)は 50 CPM 前後で推移します。これは、3 月 11 日以前の数値よりも、やや高いくらいの数値と思われますが、3 月 11 日以前のデータがないため、断言はできません。これから数値に言及していくにあたり説明しておくと、私達は日本全国の平均値を 35 CPM と想定しています。走行後まもなく、私達は那須に存在する最初のホットスポットに行き当たりました。

Eastward

Elevated readings

This way to Fukushima

私達の最初の目的地は二本松市でした。二本松市は郡山市からすぐのところで、ここでボランティアの方々に会って、新しいセンサーを渡すことになっていました。レストランで待ち合わせをし、駐車場に乗り入れてすぐに計測を始めました。数値は数時間前に東京で見たものよりも、顕著に高くなっていました。

Over 300 CPM air contamination here

Close to 3000 CPM surface contamination

これまでに Safecast が行ってきた活動内容を把握していない方のために説明しておくと、地表汚染の数値は空中汚染の数値よりもかなり高くなります。これには、大きく分けて二つの理由があります。「放射性降下物」はその言葉通り、放射性物質が空から降りてきて地表にとどまったものです。この放射性物質の大部分はベータ放射体です。ベータ線はガンマ線よりもエネルギーが弱いため、検出するには近くに寄って計測する必要があります。この場合は、地面に近寄って計測するということになります。空中だけで数値を計った場合は、ベータ線を計り損ねることになります。とにかく地表の数値は空中の数値よりも高くなります。この駐車場で計った地面の数値は約 3,000 CPM で、これは空中の放射線レベルの約 10 倍の値でした。

公の場で数値を計っているとときどきあるのですが、今回も私達が何をしているのかと人々が集まってきました。

JAM asking

Speaking with residents who are very stressed out because they haven't been able to get any info from the govt

好奇心から集まってきた人は、多くの場合心配もしておられます。

おおうち・ひろこさんはその両方で、動揺しておられました。

おおうちさんは、自分の身の回りの放射線レベルに関する情報を政府や東京電力からは全く得ることができないと話しました。最初は、問題無いし心配することはないと住民達は言われていたので、彼女も心配していませんでした。しかし、そのうち自分で数値を計る人が出てきたり、他の人が計った数値を耳にするようになり、その数値は決して大丈夫なものでは無かったため、彼女もストレスを覚えるようになりました。この地域は、原発からも遠く正式な避難地域にはなっていないため、避難したい人はすべて自費で避難しなくてはなりません。避難する人もいれば、避難しない人もいます。このことが、住民達に大きな心的外傷を与えています。おおうちさんは、質問にも答えてもらえない、こういった状況に残されている人々は非常に混乱していると話していました。

Discussions with locals

Concerned folks

Miles filming the conversation for PBS

おおうちさんは、引っ越す意志の無い若い人と子供達が一番心配だと言っていました。若い人と子供達が、長期的にみて、この放射線に曝されることで一番被害を被ると思われるからです。彼女は Safecast の取り組んでいる放射線マッピングにも非常に興味を示し、自宅に戻ってからサイトと地図を確認できるようにと、私達の名刺を持ってかえりました。別れ際には、私達の行動に何度も感謝してくれました。また、政府が同様の対応をしてくれないことに対して非常に不満を示していました。

これは全く予想外の出来事でしたが、この日、私たちの気持ちを後押ししてくれるものとなりました。次の目的地に向かって出発する前に、Safecast の新しいボランティアであるわしやまさんに、真新しい bGeigie をお渡ししました。彼の協力によって、このエリアの道路ごとの地図を作成できるようになります。全てうまくいけば、今後数週間のうちに、彼のチーム用に追加の機器をいくつか用意してお渡しし、わしやまさんチームが採取したデータを Safecast に送り返してもらえるようになる予定です。

Washiyama-san, safecast volunteer

車に戻って、今度は東に向かい、警戒区域にどこまで近づくことができるか試してみることにしました。数値は上がったり下がったりしましたが、進めば進むほど、全体的には上がっていきました。車外には一台、車内には数台の機器を設置していました。多くの場所で、機器を向ける方向によって、25 %の上昇を目にしました。ここでは、ほんの少しの場所の違いで、大きな数値の差が現れます。ある場所では、これまでは見なかったほど急激に数値が上昇しました。この急激な数値の変化に気を取られて、あやうく道の真ん中に立っていた警察官達による道路封鎖物に突っ込むところでした。

車をターンして、彼らのいる場所を通り過ぎ、少し走ったところで停車して測定器を見たところ、数値は劇的に上がっていました。

Approx 16,000 CPM surface here

前回大西洋を横断する便で、飛行中に計測した数値は 800 CPM 強でした。車の中で 1,000 CPM 以上の数値を見るのは、少しショッキングでした。車のドアを開け、機器を道路の真ん中に置いて測定をしたところ、あっと言う間に数値は 16,000 CPM を超えました。今でもこの時の気持ちをどう表現したらいいか分かりません。私はぼうぜんとしました。そのとき私達は、何の防護も施さずに屋外に立っている警官達がいた場所から、おそらく 1 街区ほど離れたところにいたと思います。私達は引き返して彼らと話さなければと考えました。

Officer at roadblock at 20km line

Speaking with the officers

警官はとても礼儀正しく、喜んで私達と話してくれました。防護服も着ずに一日中外に立っていることは心配ではないかと尋ねると、上司が全く安全だと断言したため、上司を信じなければならないとのことでした。私達は彼らの立ち位置のすぐ近くで計測した放射線測定値について伝え、その非常に高い測定値を実際に見てもらおうとしましたが、彼らは当局を信じなければならないからと、私達の申し入れを断りました。多くの人は警官自身を当局と思っているわけですから、彼らのこの発言には妙な感じがしました。私達は常に放射線を測定し、つい先ほど計測した数値の高さを見て明らかに動揺しているのに対し、彼らは上司に心配することは何もないと言われているわけです。突然、指揮官らしき警官が現れ、私達にすぐに立ち去るよう指示しました。それまで話していた警官も、まるでスイッチを切られたように話すのを止めました。

私達は車に戻り、立ち入り禁止の地点から 1 キロほど離れたところまで走りました。

Road closed 1km ahead

閉店した小さな食堂があったため、周辺の測定と今起きたことについて話をするため車を止めることにしました。このとき私は初めて、周囲にほとんど誰もいないことに気づきました。すべての建物は閉まっており、車もなく、点いている電灯もなく、家には誰もいない。雑草の伸び具合を見ると、皆が去ってからかなりの時間が経っているようでした。

立ち寄った食堂の窓には、「当面の間お休みします」とありました。

Sorry we're closed

Overgrown. Abandoned.

Growth.

この日最も高く、最も懸念される数値を計測したのはこの場所でした。食堂の駐車場でも高い数値を示しましたが、先ほど測定した数値までは上がりませんでした。しかし道を渡り、おそらく 3 メートルほど離れた場所で、20,000 CPM 以上、9 µSv/h 以上を測定しました。 SAM 940 を取り出し同位体を調べたところ、全く予期していなかった結果が示されました。このため私達は研究所で専門家に解析してもらうためサンプルを手早く採取し、急いでその場を離れました。

その後少し車を走らせ、比較的測定値が低く安心して車を止め PBS のための撮影ができそうな場所を見つけました。先ほど私達が遭遇した警官が立っていた立ち入り禁止区域から 10 ~ 15 分ほど離れた場所でしたが、そこはゴーストタウンのようでした。人ひとり見当たりません。近くを流れる小川の音が聞こえるばかりで、しんとしていました。そこにパトカーに乗った警官が現れました。

Officer: "you aren't from around here are you..."

警官は「あなたたちはこの辺の人じゃありませんね」といったことを話しかけてきました。彼はフレンドリーで、私達が略奪者ではないことが分かると去っていきました。一時間ほど走ると、少なくとも 10 分置きにパトカーを見かけるようになりましたが、警官以外は誰一人見当たりませんでした。このことに私はかなり驚いていました。私は自分が見ることになるだろうと予想していたものを見る心の準備はしていたのですが、あるべきものがないことに衝撃を受けることも時としてあるのです。

Empty streets

Vacant houses

This stream was the only thing we could hear.

Nobody's home

Taped shut

Looters beware

人々は明らかに引っ越してしまったようでしたが、これは動物達には当てはまらないようです。まず、非常に大きなスズメバチが一日中私達に向かって飛んできました。幸い誰も刺されませんでしたが、実にスズメバチの大きさは長さが 7 センチほどもありました。スズメバチのように怖くはありませんが、見るのがとてもつらかったのは、様々な理由で置いていかれたペット達の姿でした。首輪をした犬が何匹かと、一匹の猫が私達のまわりをうろうろしていました。ペットフードの入った容器がいくつか置かれていましたが、ペット達はかなり痩せて見えました。どの動物達も少し不安そうで用心深く、それなりに近寄ってきては、どの子もすぐに離れていきます。まるで何かを、または誰かを探しているようです。飼い主が現れることを期待して、保護された犬の写真が掲載された張り紙もありました。張り紙の日付は 5 月 1 日となっていて、それ以来更新されていなかったので、その後どうなったのか分かりません。

Scaredy cat

Heartbreaking

Rescued pets

Not forgotten

Abandoned pets

私達が帰る準備をしていると、一台の車が通りかかり、急に止まりました。男性が 2 人降り立ちました。一人はテレビ朝日のレポーター、もう一人は郡山在住で、地元でのガイガーカウンター製造に向けて取り組んでおられる宗像忠夫さんでした。二人とも Safecast についてご存じで、私達と遭遇したことに感激して下さいました。しばらくの間話をし、東京に戻る前に食事をしようということになりました。

私達は小さめのファミレスで止まり、私達の計画と目標、ガイガーカウンターの測定値や学んだことを話しました。私達の経験を伝え、初期に経験した間違いを他の人がしないで済むようにと望んでのことです。二人は情報の共有を喜んでくれ、さらに議論できるよう連絡先を交換しました。

Tadao Mumakata (@telejapan)

(写真は、私と話す宗像さん。撮影: Xeni

私達はお辞儀と握手をして、それぞれの帰路につきました。彼らは郡山へ、私達は東京へ。彼らより数時間長い道のりを経て、ようやく東京についたのは夜中の 2 時半で、皆をそれぞれの家やホテルで降ろしました。しかし時間を無駄にはできません。最後の行先で、車の外側に取り付けられていた bGeigie (一日中放射線測定値をログに記録し、データを GPS 上でマッピングしたガイガーカウンター装置)から、ログファイルをアップロードしました。これにより今回の走行のマップがアップされ、私達の総データーベースにデータを追加して、全体像を把握するための情報をまた少し追加することができました。

全体像を把握するのは大仕事です。私達が行っているような詳細測定はこれらの地域では行われておらず、測定された数値は、間違いなく情報を最も必要としている住民の方に対して、オープンになっていません。私達がプロジェクトを開始した時からこのことは理解していましたが、今日実際に見て、私達の試みや関心に対し感謝する人々の声を実際に聞いたことは、重い経験でした。このプロジェクトは重要であり、そこに参加していることを誇りに思いますし、不可能を可能にしプロジェクトを短期間でここまで押し進めて下さった人達がいることを本当にありがたく思います。

(撮影:Pieter Franken

ホテルの部屋に戻ったのは夜中の 3 時で、まだ記憶が新しいうちにと、その後 3 時間をかけてこの報告記事を書いています。数時間でロサンゼルス行きの便に乗るため、もう寝なければいけません。この記事を支援のお願いで終わらせるのは我ながら気に障るのですが、車 2 台(普段は 1 台で済みますが)で福島を一日中走り回った費用は、ガソリンと高速料金を含め 500 ドル弱でした。このページの右上のあたりに Paypal の寄付(「 Donate 」)ボタンがあります。5 ドルでも 10 ドルでも寄付して下されば、集まった寄付金を少しずつ使い次からの走行に使わせていただくことができます。

(訳:Hiroyo, Emmy, Meg)